特色

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わだち紹介資料 (PDFファイル・2228KB)

わだち紹介資料 (PDFファイル・2.2MB)

What is Wadachi Computer House (英語版PDFファイル・640KB)

What is Wadachi Computer House (英語版PDFファイル・347KB)

Wadachi Busibess Outline(英語版PDFファイル・2.3MB)

Wadachi Busibess Outline
(英語版PDFファイル・2.3MB)

「わだち」とは

わだちコンピュータハウスとは

 わだちコンピュータハウスは、四肢まひを中心とした重度の障害者が、コンピュータを使って働く場(障害者就労支援施設)です。40人の障害を持つ仲間(所員)が働いています。

 創業当時の80年代、授産施設や作業所の仕事内容は、主に手作業による反復作業が中心で、平均工賃は数千から1万円という実情でした。「1日働いても数百円では働きがいがない」「労働を通して経済的に自立したい」という仲間の思いが結束し、残された機能を生かした手作業以外の手段が模索され、社会的ニーズの高まっていたコンピュータ作業に取り組むことを選択しました。

 会計士を招いての簿記講座やコンピュータ講座が重ねられ、84年に無認可の「わだち作業所」を開設し、90年度からは身体障害者通所授産施設「わだちコンピュータハウス」(以下、わだち)としてスタートしました。07年度からは障害者自立支援法の新体系事業である、就労移行支援*、就労継続支援(A、B型)、生活介護の多機能型事業所に移行しました。A型の仲間とは雇用契約を結んでいます。
*:就労移行支援事業は2018年3月末で廃業。残り3事業は継続。

わだちコンピュータハウス業務内容

わだちコンピュータハウス業務内容

 現在のわだちの業務内容は、行政や一般企業からの受託によるデータ入力・加工、ホームページ制作、事務処理系システムの開発、アンケートの企画・集計・分析、行政計画のコンサルタント、テープ起こし、DM代行発送、障害者向けITサポートなど多岐にわたります。

 それぞれの障害状況や能力に併せて仕事を組み立てますが、所員が主体的に関わることをモットーに、重要な決定を所員自身が行っているのが特徴です。顧客との打ち合わせや仕様の決定、納品に関わることはもちろん、時には職員よりも障害を持つ所員の方が業務に精通していることもあります。また、速さや正確さを要求される入力や編集作業は、健常者のアルバイト・パートに依頼することにより、所員は工程管理や納品前のチェックや加工で力を発揮します。納品前や客先での打ち合わせや現地調査が立て込んでくると、資料整理や準備のため仕事は深夜や休日に及ぶこともあります。役所の監査では毎年のように職員の就業時間を短くするよう指導を受けましたが、「職員のためにある施設ではない」と闘い続けました。

 所員・職員一丸となった努力の結果、96年度からは売上高は1億円を超え、所員の平均工賃は月10万円を超えるようになりました。

売上高工賃推移グラフ

売上高工賃推移

「わだち」の知恵

  こうした業務を支えているのが、道具としてのIT技術の活用であり、さまざまなスキルやノウハウの蓄積であり、さまざまなマンパワーの活用と、人を育てる工夫です。

障害者が健常者(アルバイト、パート)を使う
学識経験者や他の当事者団体とのネットワーク
道具 ITとさまざまな機器の活用
制度 助成制度、優先発注制度等を活用

  90年代にはよく「PCを使った障害者就労の可能性」が言われたり、インターネットが普及し始めた頃からは「ITを使った在宅就労」ということが称揚されるようになりましたが、正直なところ懐疑的に感じられました。ITは単なる道具に過ぎないのに、ITだけで自立できるような幻想が一人歩きしている印象でした。また、社会の求めるレベルに仕事を組み立て、引き上げていく人間の役割というか発想が抜けている感じがしたからです。単なる作業のつなぎ合わせでは仕事にならないことは、これまで在宅就労でうまくいかなかった例が物語っています。

  わだちがうまくいったと評価できるとすれば、障害を持つ仲間同士のサポートや、より重度な仲間のモデルの存在、自らの能力を社会に生かし対価としての工賃を受け取ることへのモチベーション、背伸びをしながら挑戦する所員の足りない部分を補ってきたスタッフワークでしょうか。

  制度の活用の面では、福祉団体としての利点を生かして、IT機器の整備に各種助成制度を活用させてもらっているほか、研究助成や活動助成によって障害者の仕事を創ってきています。

  一方、受注環境をめぐっては、かつては行政を中心として随意契約による受託が大きかったのですが、最近は競争入札のカベが大きく立ちはだかり、苦戦を強いられています。2004年の地方自治法施行令の改正では、授産施設等への上限額を超えた随意契約が認められたのですが、物品販売等に限定されていました。障害者の仕事=モノを作って売るという発想を変えてもらうべく、各方面に働きかけた結果、2008年3月より、データ入力やホームページ制作等を含む役務の提供が随意契約の範囲に認められるようになりました。障害者の仕事を作り出す官公庁の役割に期待するところですが、法の趣旨が生かされていない現状があります。

自主管理

組織体制と障害者自身による自主管理

  わだちは以下の2つの事業部と11のグループで構成されており、所員はいずれかの事業部、グループに所属します。また、07年4月からは障害者自立支援法に基づく多機能型事業所に移行したため、役所の支給決定を通して利用することになります。

表1 事業部、グループ制

事業部 グループ
ユニバーサル
サービス事業部
1 コンサルティンググループ
2 入力・集計グループ
3 編集・デザイングループ
4 企画・運営グループ
5 防災企画グループ
6 印刷・発送グループ
7 リフトカー事業グループ
8 障害者講師派遣事業グループ
9 福祉情報誌の発行グループ
IT事業部 10 システム開発グループ
11 ITサポートグループ
12 WEBデザイングループ
13 WEBシステムグループ

表2 障害者自立支援法に基づく新体系事業

事業名/定員 事業の概要
就労移行支援
6名
一般就労を前提に社会人として必要な職業技能を身につけることを目指す。
就労継続支援A型
13名
受注した業務を主体的に遂行する。
雇用関係、労働法規の適用。就業規則あり。
就労継続支援B型
15名
これから技能を磨き挑戦していこうとする者にはステップアップしていく機会。
生活介護
6名
重度の障害者の立場を生かした活躍の場を創造。

  この他に、法人直属の営業部があり、営業部職員を中心に営業にあたっています。

  所員は通所を基本にわだちの仕事を行いますが、創設当初よりITを生かして在宅での勤務も取り入れています。原則9:00~17:00の勤務時間ですが、障害状況、生活状況に合わせて働ける条件を作っています。

  受託業務については、一人で担当する場合もあれば、仕事の規模により複数の所員がチームで担当します。業務によっては複数のグループにまたがって担当者を決めます。毎週月曜日の作業ミーティングで担当を決め、進捗状況をチェックしたり調整をします。

  工程管理を始め、事業計画や予算作成、会計事務や給与査定、新しい所員の入所判定なども基本的に所員の管理のもとに行われています。コンピュータの知識と技能の向上をはかるため、研修に出かけたり、外部から講師を呼んで勉強会を行うことを決めたりするのもすべて所員自身です。

仲間と職員

わだちで働く仲間と職員の役割

  Bさんは身障手帳1級。障害程度区分は6。脳性まひによる全身性障害で、手動車いすを使用。トイレや食事等生活のあらゆる場面で介助が必要で、言語障害もあります。わだち作業所創設当時からの仲間で、わだちの中で最も重度の障害者です。独学でプログラムを学び、情報処理資格1種を取得した努力家です。SEとしてシステム開発の仕事をしています。週2日わだちに通所し、その他は在宅勤務です。

  彼が手がけたシステムは、ゴルフ場業務システム、各種団体の会員や会費の管理、タクシーの運行管理等さまざまです。打ち合わせの段階から参加し、チームでの開発ではリーダの役割を果たしています。未知の業界の、それもバックヤード業務について理解し、使う人の立場に立って必要な仕様を組み立て提案するので、彼の開発したシステムはお客さんに喜ばれています。「専任のスタッフが台帳とにらめっこして1ヶ月かかっていたのが、誰でも瞬時に出せるようになった」「有休が取れるようになった」「新聞を読む余裕ができた」など、顧客からの評価が仕事の励みにもなっています。

  言語障害と書字障害のため打ち合わせには健常者が同行しますが、メールでのやりとりやリモートメンテナンスの環境ができてからは(かつ顧客側の情報リテラシーがある場合)、仕事上の障害はほとんどなくなってしまいました。代わりに、顧客の営業日の関係で日祝日や盆正月にも対応に追われることもあります。

  わだちが集計業務に取り組むようになったのは、Bさんが「アンケートの集計プログラムならできるかも知れない」と言ったことがきっかけでした。20年前の集計仕事では、集計の設定をプログラムに書くしかなかったため、Bさんがつきっきりで集計結果を出すしかなく、何日も徹夜作業が続きました。その後仲間の声を取り入れ、簡単に設定できるように改良し、多くの仲間が担当できるようになり、しかも同時に何本もの調査の入力とチェックと集計が進められるようになりました。こうした業務の省力化、平準化、品質管理の発想は、顧客向けのシステム提案にも生かされています。

  Mさんは全盲の1級の視覚障害者。民間企業で働いていましたが、中途失明により退職。コンピュータを使った仕事をめざし、36歳でわだちに入所。暗中模索からたどり着いたのが今も続けているテープ起こしの仕事でした。

  わだちには、この他、聴覚障害、知的障害、高次脳機能障害等さまざまな仲間が働いています。それぞれの残存機能に合わせて仕事を切り分けたり、組み立てたり、品質管理の仕組みを作ったり、さらに新たな職域を開拓したりするのが職員の仕事です。職員の仕事も固定的ではなく、仲間同士でまわっていく業務スタイルをめざすことになります。

当事者の視点

障害当事者の視点を生かしたコンサルタント

  わだちは重度障害者の働く場づくりをめざしてきましたが、その源流は愛知県における障害当事者運動にあります。障害者差別が顕著な70年代。名古屋市内には障害者トイレが更生援護施設に1つしかありませんでした。73年、「障害者よ、街に出よう」の新聞への投書から「愛知県重度障害者の生活をよくする会」の運動が始まりました。社会のせいにして閉じこもっているのではなく、障害者自身が自己変革し、社会に訴えることで社会を変えていこうという当事者運動でした。「福祉の街づくり」というのは、労働、移動、自立生活とともに取り組まれた当初からの課題でした。さまざまな形で行政等への働きかけが繰り広げられました。

  それから20余年。95年に愛知県の「人にやさしい街づくり条例」が施行された際、わだちは、全国でおそらく初めて、障害当事者団体による街づくりコンサルタントとして名乗りをあげました。長年の運動が下地となって、障害者の仕事につながったのです。近年では、中部国際空港のユニバーサルデザインや、愛・地球博(愛知万博)バリアフリー検討等の業務の委託を受け、基本設計の段階から責任ある立場で関わってきました。2009年に開港する富士山静岡空港のバリアフリー検討業務でも、静岡の仲間たちの声を代弁すべく取り組みました。

  わだちの特徴は、肢体不自由だけでなく、視覚障害、聴覚障害、知的障害、高齢者、子育て団体等、さまざまな団体を巻き込み、彼らの意見を学識経験者にオーソライズしてもらう形で計画に反映していくことです。例えば障害者用のトイレ。最近は多目的トイレを作ることが一般的ですが、大きな空間と高価な設備を必要とします。使いやすい多目的トイレを作れば、旅行者や子連れも頻繁に利用するので、いつも使用中になることは、最近のショッピングセンターを見れば明らかです。一方、一般トイレの入口の幅を600mmから800mmに変更することで、ほとんどの車いすの利用者が使えるようになります。中部空港では会議や検証等で延べ1000人を超える当事者の声を集めました。このことによって、中部国際空港は、障害者のためにではなく、「誰もが使いやすい空港を」という目標を達成しました。

  愛・地球博でも「外出の機会に恵まれなかった人たちも来られるしかけにしたい」との願いから活発な意見交換がなされ、さまざまな設備、展示、情報提供、人的サービス、並びに当事者が講師となってのスタッフ向けおもてなし研修が採用されました。

  この他にも、道路や建築物の設備、通信機器、入力補助ソフトウェア等における実証実験や製品評価、福祉車両販売店におけるスタッフのバリアフリー研修などを受託しています。

  最近は東海豪雨災害での被災経験をきっかけに、避難所間仕切りセットやGISを使った災害時要援護者の避難支援システム等、防災企画にも力を入れているところです。

  障害者団体が乗り込んでいくと必ず最初は警戒されるものです。根あかに、めげずに、何度でも足を運ぶことをモットーにしています。

障害者雇用

  わだちの歴史は、雇用から疎外されてきた障害者たちの就労の可能性への挑戦でした。「何十社面接しても就職先が見つからない」「職業能力開発校に入りたくても身辺自立が出来ていないと門前払い」という現実から、わだちにたどり着いた仲間たち。わだち作業所創設後20年の間に、わだちから一般就労に至ったのはほんの数名で、しかも仕事の能力よりも比較的障害の軽い者しか就職できませんでした。バブルの崩壊の頃には数名の仲間が相次いでリストラに遭ったこともあり、しかも傷付いて出戻ってきてしまうケースを目の当たりにして、「障害者の場合就職率よりも離職率の方が高い」と一般にいわれることを、身近に感じてきました。ですから、ある時期から一般就労については消極的というか、静観してきました。

  さて、障害者自立支援法の施行と、障害者雇用促進法の改正により、国の施策は「福祉から就労へ」と大きく動き始めました。わだちでも、過去3年の間に実に7人もの仲間が一般就労を果たしていきました。仕事のできる者が就労していくわけですから、わだちにとって転換点を迎えたと感じざるを得ません。

  民間企業にとって罰金を払って済ませていた時代は終わり、真剣に採用を考え始めたことを感じさせます。最近、企業からの障害者雇用の相談がとみに増えています。ハローワークに求人を出してもほしい人材が集まらない、と異口同音に聞かれます。車いすに乗った「健常者」を求める採用側と、障害者の現実との間に大きなギャップがあるのを感じます。採用側が期待する障害者は既に就職してしまっていて、これから就職しようという障害者にはそれなりの支援が必要であるということ。

  さて、わだちの今後としては、障害者の働く環境を創ってきたノウハウを生かして、障害者自身が就労環境を提案していくこと、それもより仕事上の障害の重い仲間の就労支援をコンサルタントしていくことが課題と感じています。

Photo Gallery

わだち30周年記念パーティー(2014/10/11)

わだち30周年記念パーティー(2014/10/11)

 


プロフェッショナル-わだちの流儀 2014年10月制作