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第4回 スタディーツアー in タイランド報告書

2007年11月26日(月)〜12月1日(土)


スタディーツアー参加者全員集合

撮影:アジア障害者支援PJ事務局長 小倉國夫


●主旨

  毎年JICAの支援により、持ち回りでDPIアジア・太平洋リーダーシップセミナーが開催されている。開発途上国の仲間たちからは、車いすをはじめ福祉機器の支援がほしいという声が多く寄せられている。

  本当に何もないところで、リハビリも自立もない。せめて車いすがあれば家から一歩外に出かけられる。先進国である日本からの支援が欲しいという声が圧倒的である。私たちも日本で福祉を生業にしているが豊かではない。しかし、開発途上国の実情を知れば知る程、日本の敗戦直後を知る私にとってそれ以上の困難を抱えて活動している人たちに何とかせねばと言う焦りに似たものを感じる。

  02〜03年に掛け、アフガニスタンに車いすを400余台送り、成功の裏に終えることが出来た。早速アジア各国からの要請が有り、今後はアジア各国への支援を息長く、出来る範囲で活動していく事を誓った。

  そして、DPIアジア太平洋ブロック(在タイ・バンコク)事務局長トポン氏と話し合い、彼らと共にミャンマーをはじめバングラディシュ・ラオス・カンヴォジア等々に、障害者支援をしていきます。

  豊かな日本が本当に困難を抱えて苦しみ、貧しさ故に今日の命ですら保証のない人たちへ皆さんの支援と協力を戴きながら精一杯・全力で支援していきます。




  ●今回のスタディーツアーも第4回目となり、参加者10名、団長・副団長を含め総勢12名で、2007年11月26日(月)〜12月1日(土)に行われました。

  ツアーの目的は以下の通りです。


スタディーツアーの目的

  1. 現地の障害を持った方々のお宅訪問をして、生活環境などの現状を知る
  2. 各障害者運動団体の活動
  3. APCD訪問「日本タイ120年修好記念講演会」への参加

  4. タイを楽しむ!

■11月26日(月)

●いざ!スワンナムプール空港へ向けて出発


  今回は東京、埼玉、茨城、名古屋と各地からの参加がありました。

  第3回までは、出発が中部国際空港からだけでした。今回は、3パターンの出発になりました。第1便は中部国際空港、第2便は成田発・タイ航空、第3便成田発・チャイナエアーラインということもあって時間と場所が異なり、到着に少々不安がありました。


ペンチを使ってバッテリーを外します

  第1便の参加者に関しては、毎回お世話になっているタイ航空側に電動車いす3名・手動車いす1名、介助者4名の障害の現状、車いすの特色、どのような対応をしたらよいか等、こちら側の状況をあらかじめ伝えてあったので、搭乗も大変スムーズに行われました。車いすからバッテリーを外すとき、コネクターの接続を分離させる時しっかりと取り付けてあったので、ペンチを使わないと外れないということがわかりました。


車いすごと搭乗できるリフト・バス

  到着後、スワンナムプール空港では直接タラップから降りられるのではなく、車いすごと乗車できるバスに乗り込みリフトで降ろしてもらいそのまま、搭乗口に行きました。数年前まで、障害者は飛行機には乗れない、あるいは来ないでほしいという考えだったそうです。障害を持っていても乗る権利があるということで、タイの障害者団体が交渉をし、このリフトバスがはじめて動き出しました。

  気流の関係で早く到着し、DPI−APのインさんをはじめ現地スタッフのみなさんの出迎えを受けました。その後、第2、3便の方たちを待っていたのですが、予定していた待ち合わせ場所のC1ゲートは、観光客を出迎えるところで人がごった返していて、インさんの用意してくれた横断幕を目印に来てもらうはずが中々見つからず、結局全員集合したのは第1便が到着してから3時間後の18時でした。


AJUから寄贈されたリフトバスも大活躍

  その後、空港から約50分のところにあるホテルまで、現地で用意してくれたリフトバスで移動をしました。タイでは公共交通機関が発展していないため、車移動でないと動けない状態でした。そんな中、このリフトバスは5年前までAJUで使用されていたもので、そのバスをタイの障害者支援のために使ってほしいと贈呈し、スタディーツアーの際は使用させてもらっています。このリフトバスは、後ろ半分は車いすスペースで一度に車いすが6台入り、立位の人も約10名乗れるので、タイでも活躍しているそうです。

  ホテルに到着をしてチェックインし、ホテルから車で5分のところにあるメトロシーフードで夕食をとりました。ここで、ようやく参加者・現地スタッフの自己紹介をして場が落ち着きました。




■11月27(火)10:00〜

●交通アクセス・バリアフリーチェック

  BTS(スカイトレイン)・MRT(地下鉄)乗車


1.BTS(スカイトレイン)がなぜできたか?

  ひとつは、タイでの移動手段はほとんど車なので渋滞を解消するため。

  もうひとつは車両が多いことによって排気ガスを多くだし、空気も非常に悪くなっている今の環境を良くするためということでした。


エレベーターが利用できる駅は、まだ少ない

  このスタディーツアーへ2年前に参加者として来たときは乗車できなかったので、タイの公共の乗り物がどのようなつくりなのか、バリアフリー度を楽しみにしていました。

  エレベーターがMo Chit, Siam, Asok, On Nut, Chong Nonsiの5駅しかなく、スムーズに利用できるのはこの5駅。これから、全駅につける予定と言っていましたが、予定は未定ということでした。


エレベーターを利用する際には、インターホンで係員を呼び出します

  エレベーターを利用する際に、インターホンで係員を呼び出す必要がありました。健常者が利用するといけないからという理由でしたが、インターホンまで届かない人はどうするか?の質問に監視カメラがあるので大丈夫と言われました。BTSは、乗り込むときの段差・ホーム車両の幅も問題なくクリアーでき、スロープなしでも安心して乗車できました。スカイトレイン内は安全面を考え、車いすを固定する場所がありました。


2.MRT(地下鉄)について

地下鉄のエレベーターも係員を待たなくてはなりません

  地下鉄のエレベーターの前で係員を10分ほど待ちました。ここでも、一人で改札・ホームまでは降りられませんでした。このエレベーターがすごく狭く、電動車いすが1台入るのがやっとでした。ホームには、ホームドアがついており、電車が到着するとドアが開く仕組みになっていました。車いすスペースが専用車両に2台乗れる広さになっていました。地下鉄はものものしい警備で、ツアー参加者から「いつもこんなにセキュリティーが厳しいのかな」という声がありました。地下鉄の段差は3〜5cm、駅員がどのように手伝えばよいのかわからないという表情をしていて、手伝ってもらったときに少し恐怖を感じました。


◎BTS・MRTに乗車して感じたこと

  1. ユニバーサルデザインが注目される中、誰もが使いやすい建物を作ればよいと思いました。障害を持った人たちだけではなく、高齢者にもやさしいし「障害者優先」をうたえばよいのではと思いました。
  2. 障害を持っている人たちが乗りたいときに乗れるような環境を作ってほしいと思いました。
  3. 誰もが気軽に外出できる社会になってほしいと思いました。

ファラポーン駅の食堂でトムヤンクンに舌鼓

  昼食は、ファラポーン駅というバンコクで一番大きな駅構内で皆さん50バーツのクーポンを手に好きなものを食べました。ここのトムヤンクンは、タイで食べた中で一番おいしかったです。構内のバリアフリー度ですが、トイレに鍵がかかっており、開けてもらうのに一苦労をし、使いたいときに使えないと意味がないと思いました。


●ワットプラケオ寺院・王宮見学 13:00〜

ワットプラケオ寺院・王宮、見学

  エメラルド寺院に2年前に来たときは、壁画や武器を展示してある建造物の修復作業をしていましたが、すべてが完成していて改めて感動しました。

  11月下旬タイでは、一番過ごしやすいといいます。しかし参加者の皆さんは、日中の突き刺すような日差し、カラッとしているけどじりじりと体力を奪っていく暑さにダウン気味でした。


●サウンスンティチャイプラカウン公園散策 15:00〜

  川のほとりにあり、バンコクで一番大きな川でした。近くに高校、大学があるからか学校帰りの学生も多く、地域の人たちもいて憩いの場所のようでした。スロープとトイレがあるので安心できて、ここで、しばし休息のひとときを過ごしました。


カオサン通り散策

●カオサン通り散策 16:30〜

  バックパッカーのメッカでもあり、ヨーロッパの旅行者もとてもいてパワーを感じさせられるところでした。ツアー参加者が着いた瞬間目を輝かせていました。


夜になると露天商で賑わい、歩行者天国と言った風情

  夕方になると道路の端には露天商がでてきて、いつのまにか知らないうちに歩行者天国になり、Tシャツやアクセサリーなどどれも興味をそそられる物が売られていました。ここで露天商名物の値切り合戦を参加者の皆さんがはじめて体験し、通訳を通してお土産を買っていました。夕食はトムヤンクンを中心としたお店で食べました。タイは、やはりトムヤンクンのお店が多いと思いました。




■11月28日(水)

DPI-APでのレクチャー風景

●DPI-AP 訪問 9:30〜

  1981年のDPI第1回世界会議に参加した初代代表が、種別を超えた障害者の全国組織の必要性を強く感じ、帰国後設立した団体です。毎回ツアーのコーディネートを担当していただいています。DPIとは、障害者のことは障害者自身が決めるという信念のもと、われら自身(障害当事者)の声をスローガンとして国際障害者年(1981年)に結成されたNGOです。

  DPI-APにて、アジアでの障害者運動のレクチャーを受けました。

  その一つとして、スマトラ沖地震の際、被災地に出向き、この津波で障害をもつことになってしまった方々のピアカウンセリングや実際に使う車いすを送っているそうです。


●NSDPとNCIL訪問(同じ場所) 10:30〜

NSDPとは

  障害当事者を中心とした団体で、主に障害を持つ人たちへの情報提供を中心に活動を展開し、日本から送った車いすの配布事業等も行っています。DPIと同じ事務所で活動しており、DPIの依頼でツアーの直接コーディネートを担当していただきました。代表はティラユット氏です。


NCILの活動報告

成り立ち:

  5年前、日本の財団法人の協力を得て立ち上げた団体です。


NCILでのディスカッション風景

ビジョン

  1. 自立の概念を広く伝えていく。
  2. 障害の重さに関わらず、すべての身体障害者をサポートする。
  3. 地域に身体障害者が参加する。

主な活動内容:サービスの提供と権利の保護


サービス

  1. 情報の提供
  2. ピアカウンセリング
  3. 自立の理念普及
  4. 身体障害者の権利保護
  5. 介護者の派遣
  6. 地域における活動

障害者の福祉がよくなるよう具体的な事例と現状

  1. バリアフリーを要求する運動の実施。
  2. 個人で介助者を雇ったケースがあるが、問題もあった。
  3. 身体障害者と健常者が一緒に勉強しているところもある。バリアフリー施設で。
  4. 各県に自立生活センターを置くことが目標。
  5. 自治体・政府に身体障害者施設、福祉制度を作るよう求めていく。
    現在、補助金がもらえるように計画が進んでいる。
  6. 各地域の資源を最大限に使用する。
  7. このプロジェクトが終わったら、2ヶ所の自治体への働きかけを予定している。

障害児用車いす3台の贈呈式

◎訪問日に当プロジェクト寄贈の障害児用車いす3台の贈呈式を行いました。タイでは、児童の車いすが不足しています。当日は、本人に直接渡せませんでしたが、NCILに贈呈し、後日届けてもらうことになりました。

●障害者宅訪問 13:30〜

パスンタニ自立生活センター訪問

1.パスンタニ自立生活センター訪問


代表

マイ(ニックネーム)34歳 男性

  頸椎損傷 車の運転加納

  自分が、社会的に価値があると信じてがんばってきた。

スタッフ

モー(ニックネーム)24歳 女性

  頸椎損傷

コム(ニックネーム)46歳 男性

  頸椎損傷


センターの支援の状況

  1. 情報の提供
  2. ピアカウンセリング
  3. 自立の理念継続
  4. 地域における活動
  5. 自立活動を中心に職業訓練

◎町から離れているため、車移動でないと生活が困難です。

  支援をすすめるのに、障害を持った方がセンターに来るということは困難です。マイさんが自家用車で当事者の家まで出向き、ピアカウンセリングを行っているそうです。

  日本の場合、ピアカウンセリングセンターに訪問、一対一で時間を決め行います。

  各国状況の違う中での、状況に応じた支援を行っています。

  この後、センターが支援をしている方を訪れました。


●アエカチャイ・ホングホラディさん(男性) 15:00〜

一日中、バイクの上で生活しているアエカチャイ・ホングホラディさん

  パスンタニ自立生活センターから車で約20分のところにあるマーケットに行きました。

  彼は、3年前交通事故で、頸椎を損傷し車いすの生活になりました。上半身は動き、身の回りのことは自分でできます。このマーケットの一角でサングラスなどの雑貨を売って生計をたてています。バイク(単車)を改造して、一日中バイクの上で生活をしています。マーケットでの販売は毎日ではなく、順番があるそうで、この日は、丸一日お店をだしていました。一日中、同じ座位は非常に辛いと言っていました。


●パスニタニ市に住んでいる
  ジラ・アラヤンパンさん(男性)宅に訪問 16:00〜

  32歳 3年前に交通事故で頸椎損傷になりました。

  障害をもつ前は、パソコン関係の仕事をしていましたが、受障後は会社側から解雇宣告を受けて職を失いました。障害を持ったことにより、自分は何もできないという絶望感があり寝たきり生活が続きました。

  今は自立生活センターのサポート、ピアカウンセリングを行い少しずつ気持ちが前向きになってきました。それと同時にアジア支援PJから送られた車いすをもらい、行動範囲が広くなりました。リハビリをし、腕が肩まで上がるようになったそうです。

  最近は、週に一度近くのコミュニティーに行き、地域との関わりを大切にしているそうです。

  ジラさんは、「電動車いすに乗って外に出たい。コミュニティーに一人で行ってみたい」と言っていました。

  ジラさんの介助は、主に母親がしています。タイヘルパー制度の状況ですが、国の制度が確立されていません。そのため、家族間での関わりのみの生活が多いのが現状で重度の障害をもつ人は大変です。


日本での障害者の生活振りを伝える訪問者

  最後に私の障害の状況を話し、「私は、左の手首と指、左足が踏ん張れるだけです。それでも、電動車いすに乗って、ヘルパーの制度を利用して一人暮らしをしている」と伝えると、びっくりした表情をうかべていました。そして「ぼくも、がんばります」と言ってくれたときの笑顔が希望に満ちていて忘れられなかったです。




■11月29日(木)

●APCD訪問「日本タイ120年修好記念講演会」 10:00〜

  毎回APCD(※)の活動や施設見学をしています。今回は「日本タイ120年修好記念講演会」と題し、タイ政府 、日本大使館の方々が参列されたセミナーに招待されました。

  ※「アジア太平洋障害者の10年」(1993〜2002)の取り組みに続き、この地域の障害者のエンパワメントを促進するために、02年8月1日、タイのバンコクを拠点として設立されました。タイ王国政府と日本政府(JICAを通して支援)の共同後援のもとで、アジア太平洋地域の障害者(約3億人、10人に1人)を支援するプロジェクトで、各国への「情報提供と共有」「人材育成」を行っています。


オープニング・セレモニー

  オープニングはオースティンセンターの自閉症の方々の演奏でセミナーが始まりました。演奏は約15分行われました。演奏曲の1曲として日本の曲『上を向いて歩こう』も演奏されました。とても心地よいスタートでした。


講演会風景

  第1部は、アジアの障害者支援において、タイは今まで指導される立場でした。これからは、地域の障害者の開発・協力への行動を政府とAPCDが二人三脚で行うことが鍵になり、政府がどういう風にAPCDを支援していくかが、課題となります。

  国際条約加盟国が実行可能国になるためにどうするべきか、発展途上国の国々の政府に関して、タイ政府がもっとネットワークをより強化させる必要があります。国々の協力を活性化させるのがAPCDの使命であり、APCDがあるタイが実現モデルとならなければならないのです。


事例報告風景

  第2部は、視覚障害の方と二ノ宮さんを中心に4名のパネリストを向かえ実際にどのような事を行ってきたかなどの事例報告をおこないました。


●APHT表敬訪問 15:00〜

  日本を例にあげると、日身連(日本身体障害者福祉連合会)のような組織です。加入者は約4,000人で、タイ国内を網羅しています。


●ナイトクルージング 20:00〜

ナイトクルージング

  この日は、最後の夜ということで皆さんにおもいっきりハメをはずしていただきました。

  2時間の乗船ツアーでしたが、豪華タイ料理を堪能しながら川のほとりの夜景を観る…まさに、夢心地でした。生バンドが演奏する中、船内はダンスホールに早変わり。参加者、現地の人達と踊り明かしました。




■11月30日(金)

●アユタヤ観光にてアユタヤを知る! 9:30〜

職業訓練所見学

  タイの土産物といえば、タイシルク・ガラス細工など工芸品が有名です。

  午前中は、障害を持つ人たちの仕事ということで、手に職をつけるための職業訓練を行っている場所を見学しました。はじめに宝石の原石を削る訓練をしていました。続いて、ガラス細工工房の訓練、最後にタイシルクを織っている工場にいきました。タイでは、障害を持つ人たちの雇用は少ないそうです。少しでも働けるスキルをつけるため、職業訓練の場があるそうです。


象の遊覧風景

  世界遺産・アユタヤ遺跡ですが、いきなり段差があり下の道も石畳で電動車いすの方は通ることが難しく断念しました。そのような場所ですがタイの障害者運動や世界各国から障害を持った方々が訪れるためか、トイレだけは車いす用のものがありました。


木陰でちょっと小休止

  少し離れたところでゾウの遊覧ができるところがあり、障害当事者の参加者が「ゾウに乗れますか?」の質問に「落ちて怪我をしてもいいのならいい」と言われ断念したそうです。すべてがバリアフリーとはいかなくても、障害を持っている人もゾウに乗りたいという気持ちもわかってほしい。そして、もしかしてゾウ使いの仕事をしていてゾウから転落し車いすの生活になった場合、何か工夫があれば仕事に復帰できるのではとフッと思いました。


●スタディーツアーを振り返って

  お宅訪問に行ったジラさんは、アジア支援PJから贈られた車いすを使用して生活をしていました。帰国後の12月8日にも車いすを整備しタイに送りました。この作業にも参加させてしましたが、実際に送った車いすを使用している人に出会ったのがはじめてでした。車いすを使用することによって外に出られるという喜びと自立に対する前向きさを感じました。タイへの支援は、いろいろな面から行っているのでとあらためて感じました。


ツアー参加費の一部をセンターの活動資金援助として贈呈

  センターの活動の資金援助として、ツアー参加費の一部を贈呈しました。車いすのメンテナンスも重要な一つです。参加者の電動車いすの充電ができなくなってしまいました。数年前から小倉さんがレクチャーしてきたミッチャンさんが、点検、修理をしてくれました。2年前にお宅訪問に行った方も「車いすはあるが、壊れていて直す人がいないからのれない」という言葉を思い出し、日本の技術者が現地の人たちにレクチャーすることが大切と思いました。

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